飛空艇革命(5)


 その日、グニータス盆地ではアレクサンドリア軍とブルメシア軍がいつ終わるともしれぬ戦い、いや『殺し合い』を繰り広げていた。
 それも一方的なものが……。
 リンドブルムによる説得が失敗に終わると、ブルメシアは攻撃を再開したのだ。
 アレクサンドリア軍は必死に防戦していたが、ブルメシア軍の、特に竜騎士団の強さに士気が低下しており、すでに100名余りが戦場から逃亡するほどに敗北は誰の目にも明らかとなっていた。
 そして、ブルメシア軍の総指揮官がアレクサンドリア軍にとどめを刺さんと全軍の総攻撃を指示したその時だった。
 プロペラ音とエンジン音が徐々に辺りに響き渡り、上空に巨大な船が姿を現した。


「あ、あれは何だ!? どこから来たんだ!」
「リンドブルムの紋章があるぞ!」
「リンドブルムだと! じゃあ、あれが飛空艇か!!」
 両国の兵士たちは目の前に敵がいることも忘れて飛空艇を見上げていた。


「殿下、攻撃の合図を! 先程ブルメシア側はわが国の最後通牒には応じぬと声明を出したのですぞ!」
 シドは心を痛めていた。
 飛空艇の威容を見せれば、ブルメシアも引き上げてくれるかもしれないという淡い期待を抱いていたのだ。
 だが、ブルメシア側の反応は冷たかった。
『飛空艇などに屈するブルメシアではない!』
 返事はそれだけだった。
「殿下!! ……御決断を。」
 フィンセントが強く、そして静かに促した。
 シドは苦悩の末、ついに各艦に命令した。
「各艦、ブルメシア軍に攻撃を開始せよ!」


 次の瞬間、飛空艇の砲台が次々と火を噴き、その刹那、ブルメシア軍の本陣と周囲一帯が爆発を起こし、多くのブルメシア兵や竜騎士が手足をもぎ取られて即死した。
それを目撃した生き残りのブルメシア兵は大混乱に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
 こうして、リンドブルムの参戦から僅か数分でグニータス盆地の戦いはアレクサンドリアの勝利に終わったのである。
 だが、勝利の歓声を上げる者は誰一人いなかった。
 皆、飛空艇の破壊力に戦慄し言葉を失っていたからだった。
 それはリンドブルム側も同じ事だった。
 これほどの破壊力をもたらす事を乗組員はおろか、シドですら予想していなかったからだ。
 シドは改めて己が犯した過ちに対する罪悪感に襲われた。
「(やはり、飛空艇を使うべきではなかった……。ワシはしてはならぬ事をしてしまったのじゃ……。)」
 ブルメシアからアレクサンドリアとリンドブルムに向けて停戦の申し出があったのはそれから僅か数時間後だった。


 それから1ヶ月後、年が明けて1771年――――
メリダ平原上空の飛空艇内で三国の統治者が集う歴史的な和平会議が開かれた。
 会議の内容は『三国の平和と戦争の放棄』
 この会議は停戦して間もなくシド大公が呼びかけたものだったが、1ヶ月の時間を要したのには理由がある。
 飛空艇の威力を見せ付けられたブルメシアは即、呼びかけに応じたのだが、アレクサンドリアがなかなか応じようとしなかったのだ。
 女王は和平に賛成だったが、一部の重臣がリンドブルムの飛空艇を使って一気にブルメシアを滅ぼせと反対していたのである。
 それでもシド自らが赴き説得することで反対派の意見を抑えることができた。
 だが、今度はブルメシアが占領したメリダ平原で問題が起こった。
 和平に反対の一部のブルメシア兵がメリダ平原にある村を襲撃したのだ。
 その結果、鎮圧には成功したものの、村は焼失し、アレクサンドリアの騎士が救助した5歳の男の子を残して村人全員が殺害されたのだった。
 再び戦争かと三国間の緊張は一気に高まった。
 しかし、シドの懸命の努力により、今回の事にブルメシア王は全く関係ないとアレクサンドリアに証明できたため、危ういところで戦争回避に成功したのだった。


 そして会議の結果、主に次の約定が三国間で交わされた。
T:ブルメシアは占領したメリダ平原をアレクサンドリアに返還すること。
U:ブルメシアはアレクサンドリアに対して賠償金を支払うこと。
V:ブルメシア王は王位を息子の第一王子に譲ること。
W:新ブルメシア王は竜騎士団隊長を始めとする戦犯を処分すること。
X:いかなる理由があれ国家間での結婚は認めない。
Y:リンドブルム飛空艇団は他国の領空を侵犯してはならない。
Z:各国は今後、他国に対して侵略行為を行ってはならない。
(第5条についてだが、国同士が親戚となると自然に二国間の勢力が増し、残った一国が孤立するためである。)


 和平会議が終わり、リンドブルムに帰還したシドに待っていたのは国民の大歓声だった。
 シドは戦争を終結させた英雄にされてしまったのだった。
 それが却ってシドの心を締め付けた。
 本人は己を『英雄』どころか『罪人』だと思っているのに。
 この時、群集の中にシドに心服した一人の少年がいた。
 これより間もなく、この少年は孤児仲間を集めて盗賊団を結成し、数年後、シド一門に陰ながら尽くすようになるのだった。


 一方、アレクサンドリアでは――――
 女王はこれまで張り詰めていた神経が切れたのか、病の床に就くことが多くなった。
 夫を失った悲しみもあったのだろう。
 そして、王女ブラネはブルメシアに対して憎しみを募らせていた。
「(お父さまが死んじゃったのも、お母さまが悲しむのも、みんなブルメシアのせいだ!)」
 後年、ブラネがブルメシアとクレイラを完膚なきまでに壊滅させたのは、大好きな両親がこうなってしまったのが原因だったのかもしれない。


 こうして、何百年にもわたる国家間での争いは『飛空艇』という新技術によってその幕を閉じた。
 そして後年、『飛空艇革命』と名誉ある戦争として歴史書に記録されることになるのである。
 その陰で、癒えることのない傷を負った人々がいた事実など全く記される事はなく―――


《Fin》
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