飛空艇革命(4)


 翌日、シドはブルメシアに対しアレクサンドリアへの侵攻を中止するよう使者を送った。
 当初、ブルメシア側はそれを拒否する姿勢を見せていた。
 国王が戦死したため簡単にアレクサンドリアを征服できると考えていたからである。
 だが、残された兵士たちがアレクサンドリア女王の下、一致団結して頑強に抵抗を続けたため兵を休ませる必要があると考え、その要請を受け入れた。
 次にシドは、両国に対してこれ以上の無益な争いは止めるよう勧告した。


 数ヶ月後――――
 シドはオルベルタの帰還を今か今かと待ち侘びていた。
 オルベルタはこの数ヶ月間アレクサンドリアとブルメシアの戦争を回避させるために両国間をまさに東奔西走していたのである。


 オルベルタの帰還はその日の夕方だった。
「ご苦労であったな、オルベルタ。して両国の反応は?」
「……殿下、申し訳ありません。交渉は失敗に終わりました……。」
 オルベルタの表情には悔しさと無念さが滲み出ていた。
 リンドブルムの提案に両国は聞く耳を持たなかったのである。
 老いたブルメシア国王は戦争推進派の重臣たちの傀儡と化しており、頼みの王子も父王が健在では何の権限も無かったのだ。
 これではオルベルタがどんなに説こうとも無駄な事であった。


 一方のアレクサンドリア女王は夫を殺されながらも私情に流されることなく休戦には賛成であったが、一部の重臣たちが猛反対していた。
『陛下を殺されながら休戦などもってのほかである』と、戦争継続を主張したのである。
 あまりの強硬な姿勢に、女王も彼らの意見を抑えきれずにいた。
 夫を亡くし、彼女の心が病んでいたのも大きな原因だった。


 加えてオルベルタが驚いたのは両国民が戦争継続に概ね賛成だったことである。
 ブルメシア国民は――――
「アレクサンドリアの奴らは俺たちを亜人種だと思って差別しているそうじゃないか!」
「そうだそうだ! そんな奴らと仲良くできるか!」
 アレクサンドリア国民は――――
「国王陛下の仇を討つんだ!」
「ネズミを駆逐せよ!」
 このように好戦ムードが高まっていたのだった。


「殿下、これは私の見識が甘かったゆえに……。」
「いやオルベルタよ、おまえはよくやった。少し体を休めるがよい。」
 オルベルタが退室すると、シドはフィンセントに話し掛けた。
「フィンセントよ、やはりワシが行けば良かったのではないのか?」
 当初はシド自らが両国に赴くはずだったのだが、現在の状況下で大公が国を空けるのは危険であるとフィンセントが諫言したためにオルベルタが出向いたのである。
「いいえ、たとえ殿下であろうとこの流れは止められなかったでしょう。それよりも……。」
「……『あれ』か……。もう完成しておるはずじゃ。」
 そして二人は『あれ』を見るためドックへと向かった。


 ドックには巨大な船――――飛空艇が数隻建造されていた。
 飛空艇――――それはシドがまだ年若い頃に発明した霧機関を利用して開発され、試行錯誤の末に9年前ようやく実用化されるに至った空を飛ぶ事ができる船である。
 人が空を飛ぶ――――それは人類の長年の夢であった。
 シドはその夢を叶えたのだ。
 だが、重臣の一人が言った。
『これを使用すれば、大陸の統一など至極簡単な事でございます。』と。
 シドはその言葉に激しく憤った。
 そして飛空艇を戦争のためには使用するまいと決意したのだ。
 しかし、知っての通り現実はそれほど甘くはなかった。
「フィンセントよ、暴力を止めるにはそれ以上の暴力を用いるしかないのか? 他の解決法があるのではないのか?」
 ドック内にある飛空艇にはこれまでの一般的な物と違って大砲が10門ほど装備されていたのだ。
 それはつまり、飛空艇を戦争に使用するという事に他ならない。
「残念ですが殿下……。」
 フィンセントはかぶりを振った。
 もう戦争を止めるにはこれしかないと言いたいのだ。
「されど、人を殺すために使用するのではありません。あくまで戦争を終わらせるため、ひいては、ご子息たちの未来のためです。」
 現大公の子息はこの時6歳。
 戦争の苦しみを次の世代にまで引き継がせてはならないと言いたいのだ。
「わかっておる。では、明日出陣する。乗組員を選んでおいてくれ。」
 シドはそう言い残すと自室へ引き上げていった。


 自室に戻ったシドは、疲れが出たのか椅子に座り込んでしまった。
 未だに心に迷いがあったのだった。
「(本当にこれで良いのか……。戦争終結のためとはいえ、戦争に飛空艇を使用する事に変わりはない。……ブルメシアが飛空艇を見て戦意を無くしてくれるならまだいい。だが、最悪の場合は攻撃を加えなければならん。『戦いを終わらせるため』と綺麗事で済ませて良いものなのか……。)」
「何を悩んでいらっしゃいますの?」
 悶々としていたシドは我に返った。
 いつの間にか妻である后が傍に来ていたのだ。
「お、おまえ……、寝ていなくてよいのか!?」
 后はここ数ヶ月間、病のため寝込んでいたのだった。
「心配いりませんわ。今日は少し気分がよいのです。それより、あなたの悩み事の方が心配ですわ。」
 后は微笑んだ。
「おまえに聞かせるほどの事でもない。」
「あら、わたくしたちが造った飛空艇の事ではございませんの?」
「……知っておったのじゃな。」
 そう、飛空艇を始めとする霧機関はこの夫婦が協力しあい、何年もの歳月を掛けて完成させた物なのだ。
 妻がそれ以来徐々に体調を崩し始めたのも、霧を吸い込み過ぎたのが原因だった。
「ワシらは飛空艇を殺戮のために造ったのではなく、人の夢を叶えるために造ったのじゃが結果はこうなってしまった。おまえにはすまんと思っておる。」
 シドは妻に対して申し訳なく俯いた。
「いいえ、いつかはこうなると覚悟はしておりました。」
 后は病にもかかわらず毅然としていた。
「……強いな、おまえは。」
「だから、あなたの妻が務まるのです。」
 妻の発言にシドは少し苦笑した。
「でも……。戦いに使うのはこれが最初で最後であると約束してくださいね?」
「……わかった。」
 シドは妻に対してしっかりと頷くのだった。


 翌日、シド大公率いる飛空艇艦隊が出撃した。
 目的地はアレクサンドリア領グニータス盆地――――
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