アレクサンドリアの町中を茶色いブーツを履いてエーコ・キャルオルは走っていた。

ザクッザクッザクッ

積もった雪は彼女に踏まれ、音を立たせて足跡を付けていく。
だが、その上にまた雪が降り積もろうとしていた。
空から舞い降りる雪はとても美しく、雪を見慣れない住人達にとっては感動させるに十分だった。

雪は今日、12月25日――――そう、クリスマスの朝から降り始めた。


いつものクリスマスは雪は降ることはあまりなく、住人達は雪がないクリスマスを過ごしていた。
(とは言っても、その後に少しは降るのだが)

なので今年のクリスマスも雪は降らないだろうと思っていた。
金銭に余裕がある者達は雪が絶え間なく降る場所。
「エスト・ガザ」にへと足を運んだのだが―――― どうやらそれは、無駄に終わったらしい。

クリスマスが終わった頃。
戻って見る風景は、いつものアレクサンドリアとは違った風景になっていることだろう。

それだからなのか、エーコはとてもはしゃいでいた。
だが、「マダイン・サリ」では雪は多少なりとも積もるはずだ。ならば、何故そんなにもはしゃぐのか――――?
それは、彼女がリンドブルムに住み始めたからだ。アレクサンドリア同様、リンドブルムも雪はあまり降らない。
彼女も雪が恋しかったのだ。

いや、エーコだけではない。

アレクサンドリアの街は雪は降ることはあってもとても少なく、積もることなど滅多になかった。
住人達もエーコと同じように、はしゃぎまくっていた。
子供はもちろんのこと、大人も、老人も。

もちろん、他の仲間達も。

「お父さん、はやく!」
エーコが街の大通りを白い息を吐きながら通り過ぎていきながら、後ろの中年男性に呼びかける。

「分かった、分かったからもう少し、ゆっくり行こう。な?」

息を切らしながら追いつこうとしているのは単なる意地か。
それとも愛する我が子のためか。

リンドブルム大公、シド・ファブール9世は誇らしげに天に向かって建っているアレクサンドリア城を見上げた――――


on Christmas Day



城の迎賓室は既に美しく装飾されていた。
シャンデリアはいつもと違う輝きを発し、部屋の真ん中に置かれたクリスマスツリーは夜空に星のようにキラキラとしていた。

テーブルの上に置かれた料理等は手伝いをしていたプルート隊員がつまみ食いをしてしまうほど、美味しそうだ。
(そのプルート隊員は隊長によって、後でこっぴどく叱られたらしい)

「これで終わりねっ!あとは皆を待つだけ・・・」

そんな中、アレクサンドリア女王、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世はいた。
いつもの正装姿ではなく、エプロンを着ている。髪は邪魔にならないように高めに結われていた。
ふー、と息を吐き、クリスマスツリーを見上げる。

「女王様ー!シド大公がお着きになったのであります!」

鎧がこすれる音を部屋に響かせながら、プルート隊隊長、アデルバート・スタイナーが呼びかける。

「あら、もう?」
「はっ!エーコ殿など、もう既に・・・・・」

「ダガー?どこにいるのー?」

部屋の外からダガーが聞き慣れた仲間の声が聞こえてきた。
くすくすとガーネットが笑う。
どうやらエーコは未だにこの城に慣れてはいないらしい。

無理もないだろう。
エーコは、ガーネットとは違い、幼い頃から城にいたのではないのだから。
いつか聞いたエーコからの話によると――――


『お城での暮らしはとても楽しいわよ!
でも、あの大きさは何とかならないかしら・・・・・・あっ!ち、違うからね!
迷子になったんじゃないからね!ちょっと、ダガー!?聞いてるのー!!?』


ガーネットは思い出し笑いをする。すると、声がふいに止んだ。
怒って帰ってしまったのかしら?
ガーネットは不安になり、部屋の入り口をのぞき込む。


間もなく、むすーっとした顔のエーコの手を引き、ベアトリクスが部屋に入ってくるのも知らずに。







その頃、アレクサンドリア城の船着き場でタンタラスの二人組が話していた。

「なあ、どうしてこうなったんだろうな」
「やっぱり、のぞき見はいけなかったんスよ」
「うるせぇ!見たかったんだから仕方ないだろ!!」
「兄貴・・・、いい加減彼女でも作ったらどうッスか・・・」
「彼女はいるさ!ああ、この縄がとけたら全速力で行ってやるのに!」
「・・・クリスマスの夜にこんなことしてるってことは、いないんスね・・・小劇場に」
「いかねぇ」
「兄貴、まだ何にも言ってないんスけど」
「いかねぇったらいかねぇ!!」

「・・・あんな見栄なんか張るから、いけないんスよ・・・・・・」

どうやら先程、ベアトリクスとスタイナーの『会話』をのぞき見していたのがバレたらしい。
それでスタイナーとベアトリクスは、ブランクとマーカスを縄で拘束し、この船着き場に放置したのだ。

いくらタンタラスとはいえ、やはり今日の『会話』は駄目だったらしい。

――――ちなみに、マーカスが言う『あんな見栄』というのは、小劇場でのルビィとマーカスの会話だ。

『ブランク!芝居くらい出てもいいやろ!』
『なんで、俺がそんなのに出なきゃいけねーんだよ!』
『いいやん!今日はクリスマスなんやし!それにどうせ暇なんやろ!』
『うっ・・・お、俺だって用事くらい』
『ホンマにー?』
『あ、ああ!これから彼女とデートなんだよ!!だから、お前の芝居には出られない!じゃあな!』
『兄貴ー!?どこ行くんスかー!』

こうして、ブランクは帰るに帰られない状況に陥ってしまった。
素直に帰って「ごめんなさい」と言えばいいのだが、ブランクはどうしてもルビィに謝りたくないらしい。

「兄貴ー」
「うるせぇ」

いつの間にか、彼等の身体に雪が積もり始めていた。







一方、迎賓室の様子はというと。

「フライヤ!久しぶりね」
「ダガー、本当に久しぶりじゃの」

遠いブルメシアから、フライヤ・クレセレントが訪れていた。だが、フライヤ一人ではなく――――

「フラットレイ様、子供達を・・・ああ」

「父上、あれなにー?」
「父上、凄いね!あれが、くりしゅますちゅりー!?」
「父上ー、おトイレー」
「父上ー父上ー」

「頼むから、大人しくしてくれー!」

フラットレイとその子供達も来ていた。
ブルメシアの民、特有の沢山の子宝に恵まれるのはいいのだが、フラットレイは慣れない子供の世話にてんてこまいだ。

フライヤは頭を抱え、ガーネットはその様子をくすくすと笑いながら眺める。
ガーネットは既に先程の格好を着替え、白いドレス姿になっていた。
髪も綺麗にとかされ、輝いているようだ。

エーコはというと、子供達の良い遊び相手になっていた。
紫色の髪をいじり、部屋の中を連れ回し、角にまで触る始末。

いい加減、エーコも我慢ができなくなる。

「もう・・・・・いい加減にしなさーい!!」
「メリークリスマース!!」

ほぼ同時に二つの声が重なる。
そして、パァンというクラッカー音が鳴り響いた。

みんなが一斉に振り返る。
するとそこには、金髪と猫のような尻尾を持っているジタン・トライバルが立っていた。
だが、みんなは唖然とする。
何故かというとジタンは―――― サンタの格好をしていたからだ。
赤い服に赤い帽子、赤い靴。ところどころに白いファーが付いている。
手には先程のクラッカー。そして肩に担いでいるのは白い大きな袋。

「みんな早いなあ!俺が一番乗りのつもりだったのに!」
「ジタン、遅いわよ!レディを待たせるなんて!」
「わりぃわりぃ。あ、まだサラマンダーが来てないのか?」
「ええ。でもそろそろ来ると思うわ」

「それより、ジタン。その格好と袋は何じゃ?」

フライヤが質問した途端、ジタンが顔を変えた。

「なんだ、フライヤ。サンタ知らないのか?サンタっていうのは――――「アル―――!!!!?」

ジタンの言葉を遮り、突然城の厨房から叫び声が上がった。
この独特の口調と、発せられた場所から推測すると、それはクイナ・クゥエンで間違いないようだ。
実は先程から、クイナは今日のパーティーの料理やケーキを作るために働いていたのだが、ケーキを作るためにまだ残っていたのだ。
ちなみに料理の方は既に迎賓室の方へ運ばれている。

「大変アル大変アル大変アルー!!」
「クイナ!?どうしたんだ!?」

そんな緊急事態(?)の中、もう一人、いや二人の客人が訪れた。

「なんだか騒がしいわね?」

部屋の入り口を皆が見ると、そこにはラニとサラマンダー・コーラルが立っていた。
今日の最後の客人だ。

「サラマンダー!久しぶりだなー!!」
「お前も相変わらずだな」
「来てくれてありがとう!」
「ねぇ、サラマンダー・・・・その袋はなあに?」

ちなみに上からジタン、サラマンダー、ガーネット、エーコとなっている。
だがエーコは久しぶりに会ったというのに、サラマンダーが持っている白い袋が気になるようだ。
それはちょうど、ジタンが持ってきた白い袋と同じ大きさだ。

「アルー!!」

再びクイナの叫び声が響く。
サラマンダーが来たことによって、皆一時的に忘れてしまったようだ。
厨房にジタン達が集まると、そこにはクイナが座っていた。
いや、落ち込んでいるらしい。
一体、どうしてしまったのだろうか?ジタン達がクイナの所へ駆け寄ると――――

「ななな、なんじゃこりゃー!!?」

テーブルの上に大きなクリスマスケーキ『らしきもの』が置いてあった。
何故、『らしきもの』なのかというとケーキがどろどろに溶けていたからだ。

「どうしたの!?これ!」
「なにがあったんじゃ、クイナ!」

皆が驚く中、このケーキの制作者、クイナは既に半泣きだ。
こっちが泣きたいよー!
と、エーコの悲痛な叫びも聞こえてくるが、それは無視するジタン達。

――――とりあえず、クイナの話を聞くことにした。

「じ、実は・・・・・・」

クイナの話によると、
ケーキを作って完成したはいいものの、そのケーキがあまりに美味しそうだったのでじーっと上から見つめていたらしい。
だが、いつの間にか大きなよだれが垂れていたらしく、ケーキの上に大量にかかってしまったらしいのだ。

ちなみにこの話はところどころ省略されている。
理由はクイナのケーキについての想いの話があまりにも多いからだ。

「あー、ウェディングケーキみたいだったら上のところだけ、切って食べられたのになあ」
「これはもう、全体にかかっちゃってるから、食べられないわね・・・・・・」
「ケーキー・・・食べたかったー!!」
「じゃあ、今年はケーキは無いのでありますか?」
「あ、あるー・・・・」

厨房で皆が落胆する中、サラマンダーがクイナに問いかけた。

「おい、今から作れないのか?」
「無理アルー・・・材料の砂糖だけないアルよ」
「砂糖なら・・・・・・ねぇ、旦那?あるわよね?」

皆が一斉にサラマンダーとラニの方へと目線をやった。
言い出した当のラニは少し怯え気味だ。

「ど、どこにあるんだ!?」
「え、あの袋の中に・・・・・・」

そう言って、ラニはサラマンダーが迎賓室に置いてきた袋を持ってきた。
開けると中には白い砂――――砂糖が大量に入っていた。
クイナはそれを見て大喜び。他のみんなも大喜び。

実は先程、サラマンダー達はアレクサンドリアに雪が降らないと思ってエスト・ガザへ寄り道していたのだ。
この時期、そこは恋人達の名所となるのだが、二人はその気はなかったらしい。
ラニが慌てていたのは気になるが。

すると、空からこの砂糖が入った袋が落ちてきたらしい。

「すっごくすっごく嬉しいのだけれど、なんで空から?」
「それが分かんないのよねー。でも、みんなサンタの贈り物だって大喜びで。それがあまりにも多かったから持ってきたのよ」

実は、その真相はこうだ。
リンドブルムの蒸気機関を使っての飛空艇が他の国や貴族達に普及するようになった現在。
たまたまエスト・ガザ上空を飛んでいた貨物飛空艇が荷崩れを起こしてしまったのだ。
そのほとんどが海に落ちたのだが、一つだけエスト・ガザに落ちた・・・・・・・というわけだった。
だが、みんなは――――

「じゃあ、サンタに感謝しないとな!」
「そうね!」
「感謝アルー!!」

サンタのプレゼントだと信じて疑わなかった。

「じゃあ、今から作るアル!」
「あ、待って!」

クイナが早速作ろうと作業に取りかかろうとしたとき、ガーネットが提案をした。

「ねえ!せっかくだから、みんなで作らない?」

一瞬、驚いたが面白そう!楽しそう!という理由でその案は見事採用された。









クリスマスの夜。
ケーキを食べるはずだったが、それは急遽ケーキ作りに変更。
狭い厨房に8人+αが協力して。

ちなみに、エーコとクイナとスタイナーがケーキにこっそり、ブリ虫とカエルとピクルスを入れようとしていた。
それをシド大公が秘密にしていることは誰も知らない。

どんなケーキが出来るのかもまだ誰も知らない。

そして、ジタンが持ってきた大きな白い袋にみんなへのプレゼントがあるのも誰も知らないのであった――――。



もしかしたら、知っているのは空からパーティーを見ているビビ・オルニティアかもしれない。



Fin




                                        




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