あの奇跡の再会から五年の歳月が流れ、当時恋人同士だった二人は夫婦となっていました。
 再会してからも二人が互いを想い合う気持ちは色褪せることなく、むしろ深まる一方だったからです。
 結婚式では国民全てが二人を祝福し、アレクサンドリアに万歳を唱和しました。
 この日は臣民問わず、誰もが幸せの絶頂にありました。
 そう、今思えばこの日がまさしく『幸せの絶頂』と呼べる日だったのです。
 何故なら頂上を過ぎてしまったら、後は坂を下るしかないのだから……。


 
ハッピーエンドから5年



 あの盛大な結婚式から二年近くが過ぎようとしていた。
 この日、アレクサンドリア女王ガーネット17世は、寝室のベッドで身体を休めていた。
 城下町からは大勢の人々の賑わう声が響き渡り、城内からも女官や兵士たちの明るい声が聞こえてくる。
 それというのも、彼女のお腹の中には新しい生命―――つまりジタンとガーネットの初めての子供―――が宿っており、さらにもう臨月に入っているからだ。
 夫のジタンは妊娠を知った時、天井を突き抜けて月にまで飛んで行ってしまいそうなほどの喜びようで、城にいるスタイナーやベアトリクスは勿論のこと、各地から仲間たちが次々と城に押し寄せて二人に心からの祝辞を述べ、バクーやシドなどは気の早いことにベビー用品を送りつけるほどの騒ぎようだった。
 とにかく、仲間の誰もが二人の子供の誕生を一日千秋の思いで待ち侘びていたのである。
 しかし、それから半年近くが経った今、ガーネットのお腹と同じように膨らんでいく周囲の期待とは裏腹に、彼女の心の中では不安が募り始めていた。
 初めての出産が怖いのもあるにはあるが、最近、夫の様子が少しずつ変わり始めていることに気が付いたからだった。


***


 ジタンは、妻が臨月間近となり政務を休んでからというもの、女王の代理として国政を執り行っていた。
 今まで妻の仕事を時折り手伝うことはあっても、本格的な政務を執ったことなど全く無いに等しい彼に国政を任せるのは正直心配であったが、「トット先生も助けてくれることだし、政治はオレに任せて休んでなって」と自信たっぷりに胸を叩く夫の勧めを拒むことはできなかったのである。
 ところが、ガーネットや周囲の大方の予想に反してジタンには政治的な才能があったようで、その仕事と採決の早さには諸大臣も舌を巻くほどだった。
 さらに行政に関してはともかく、半生を盗賊として生きてきたためか防犯と治安に関する知識は相当なもので、城下町からは強盗はおろか窃盗の被害さえも聞かれなくなっていった。
 国民は皆ジタンを称賛し、ガーネットもそんな夫が誇らしかった。
 そんなある日の夜のことだった。
 この日はいつもより仕事が長引いたらしく、ガーネットの寝室に帰ってきたのは夜中過ぎになってからだった。
 それでも彼は疲れた様子一つ見せず、愛する妻に優しく口付けた。
「ダガー、いい子にしてたかい?」
「もう、やめてよ」
 と、いつもの軽い調子の夫に、苦笑しつつも満更な様子でもない妻。
 しばしの間じゃれあうと、ガーネットはジタンの首に腕を回し、そっと囁いた。
「今日もお疲れ様。このところ働き詰めで疲れてるでしょう? 明日はゆっくり休んだら?」
「そうしたいんだけどさ、明日も朝早くからスケジュールがぎっしりなんだ」
 やれやれとベッドに腰を下ろしながら、ジタンはいつものように今日の仕事の内容を事細かに語った。
 その際、ガーネットは政治のことを口にする夫の姿に、初めてどこか違和感を覚えたのである。
―――ジタンは政治家っていう柄じゃないからだわ。
 と、その時は軽く考えていたが、何故かそれは記憶の片隅から消えることはなかった。


 それから数日後、ベアトリクスがガーネットの私室に見舞いに訪れた。
「ジタン殿には本当に驚かされました。まさかあれほどの政治的才能をお持ちだったとは……」
 と、彼女はジタンを絶賛するが、その一方で彼の変化にも気付いていたらしく、
「ただ、御立派になられたからなのでしょうか。近頃のジタン殿は、どうも以前とは別人のように感じられて―――申し訳ありません!」
 出過ぎた発言をしてしまったと、深々と頭を下げて謝罪する女将軍にガーネットは笑いかける。
「いいのよ。きっとジタンはわたしたちのために一生懸命なのよ」
 しかし、数日前のジタンの姿が脳裏を過ぎり、言葉とは裏腹にガーネットの心には一抹の不安が広がり始めていた。


***


 いよいよ出産予定日が明日へと迫っていた。
―――早く産んでしまいたい。
 出産に過剰な焦りやストレスは禁物であると解っていたが、ガーネットはそう願わずにはいられなかった。
 自分たちの子供を早くこの腕に抱きたいからでも、身重の身体にうんざりしたからでもない。
 このままジタンに政治を任せていたら、何だか彼が自分の知らない、全く別の人間に変わってしまうのではないかという不安が、さらに大きくなってきたからである。
 はっきりとそれを確信したのは、彼から明るい笑顔が消え失せ、何か重い物を抱え込んでいるような表情ばかり見せるようになってからだった。
 傍目から見れば頼りがいのある執政者らしさが出てきたと思うかもしれないが、妻のガーネットだけは見抜いていた。
 自分の判断一つが国と民の運命を左右しかねない重責に押し潰されまいと踏ん張り、時として自分が決して望んでいない決断を下さなければならない政治の世界に身を置いているうちに、ジタンの中に『理想的な施政者』としての姿を追い求める心が芽生え始めていることを。
 ジタンはガーネットのように幼い頃から政治の世界を垣間見てきたわけではなく、そして経験を積んできたわけでもないため、その想いが余計に強くなってしまっているのだ。
 夫のそんな姿を見る度に彼女の胸は痛んだ。
「あなたが名君を目指す必要はないのよ。子供のためにも、ジタンはジタンのままでいて欲しいの」と、幾度か説得を試みたこともあったが、「そんな心配しなくても、オレは大丈夫だから」と、彼は笑い飛ばすだけで取り合おうとはしなかった。
 元々、ジタンは自分が変わったとは露ほども思っておらず、妻のいつもの心配性が始まったとしか考えてなかったからである。
 だが、そんな心苦しい日々も間もなく終わるとガーネットは信じていた。
―――出産を済ませて、またわたしが政治を執ることになれば、以前の明るいジタンに戻ってくれるかもしれないわ。ううん、そうに決まってる。
 そうして湧き上がる不安を無理やり捻じ込めると、ガーネットは明日に備えて早めの眠りに就いた。
 これが今より約二十年後、この国に訪れる悲劇の幕開けであることなど知る由もなく―――



 
……to be Continued?





四本目完成です。『5つのお題』なので残るは一本……と考えていいのでしょうか?(^^;)
最初に断っておきますが、この話はあくまで仮想世界です。
個人的な設定では、二人はいつまでも(亡くなるまで)幸せに暮らしていることになっているんです!
ただ、こうなる可能性も無いわけでは無いかなぁ……と考え、某アイランドみたいにジタンも―――ということで書いてみました。
この続きは『
君が逝って5年』に書いています。暗い内容です(^^;)






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