酒は呑んでも呑まれるな?



<2>



 ようやくガーネットを連れ出し、ジタンははぁ〜、っとため息をついた。
 これ以上仲間たちにのろけられたら、心臓が持たない。
 ……普段慎ましやかな彼女なだけに、こう大胆発言をされると、どうしたらいいかわからないジタンなのであった。
 ガーネットはと言うと、さっきからクスクスと笑いながら、ジタンの頬をつねったり、鼻を引っ張ったりしている。
 ―――完全に酔っ払いである。
「ダガー、痛いって」
「だって、ジタンが悪いのよ? エーコとばかり仲良くするから」
「……はい?」
 ジタンは思わずキョトンと彼女を見た。
「ジタンは、わたしのことだけ見ていればいいの!」
「いやあの、ダガー。オレは別に……」
「わたしのことだけ見てて!」
 ガーネットは、ポカポカとジタンの頭を叩いた。
「わたし、一生懸命あなた好みの女の子になろうとしてるのに! ジタンがいけないのよ!」
「いてて、わかった。オレが悪かったって」
 ようやく満足な返事を貰い、彼女はニッコリと笑顔になった。
「ねぇ、ジタン。このままどこか二人っきりになれるところに行きましょ?」
「あ〜、はいはい、女王様」
「ねぇ、もっともっと早く走ってv」
「……はいはい(汗)」
 マッハで走って、ガーネットの部屋に到着。
 やれやれと、寝台に降ろそうとした、が。
 ガーネットの腕は、ジタンの首にしっかり回されている。
 ―――このままでは降ろせない。
 降ろせないどころか、非常にマズいシチュエーションである。
 うっとりした表情で自分を見つめるガーネット(※ただ単に酔ってぼんやりしているだけである)の上に、完全に覆いかぶさっている自分(滝汗)
「……ダ、ダガー? 離してもらえるかな?」
「いやぁよ」
「……頼むから」
 仕方ないわね、と、ガーネットはジタンを開放した。
「ねぇ、ジタン。靴が邪魔なの」
 そう言って、ガーネットはクスクス笑う。
「脱がせてv」
「……はいはい、女王様」
 ジタンは時折バタバタと暴れる足から、彼女のお気に入りの靴を苦心して脱がせた。
 紐やらボタンやらで留めてあるので、どこがどうなっているのか解くのに時間がかかったのだ。
 ―――盗賊のクセに。
 ようやく両足脱がせてしまうと、ジタンはふぅ、と息を吐いて顔を上げた。
 折りしも、ガーネットはドレスの着付けを解こうとしているところだった。
「わ、待ったダガー!」
 両脇にリボンを編みこんで着付けてあるその片脇を、彼女はスルスルと引っ張っていた。
「だって、何だか暑いんだもの。脱がせてv」
「わ〜っ、ダメだってダガー!」
 ということで、ガーネットが右脇のリボンを解く間にジタンが左脇のリボンを結び、ガーネットが左脇のリボンを解く間にジタンが右脇のリボンを結ぶという、イタチゴッコが十分ほど続いた。
 ―――なんでわざわざ脱いでるものを着させてるんだ、オレは(涙)
 という、ジタンの哀しい自問は聞かなかったことにしておこう。
 やがて、ガーネットはドレスを脱ぐのを諦めた。
 そして、再びジタンの首に縋り付いた。
「ジタン」
「はいはい?」
「わたし、寂しかったのよ」
 まだリボンを結んでいたジタンは、ピクッとその指を止めた。
「あなたが帰ってこなくて、死んじゃったと思って、本当に寂しかったのよ」
 ガーネットは腕に力を込めて、ジタンを抱きしめた。
「世界が平和になって、街が元の通りになって、でも、あなたは帰ってこなくて……」
 耳のすぐ側で、すすり泣く声がする。
「わたしがどんな気持ちで、あなたのこと待っていたと思ってるの?」
「ごめん……」
「どんな気持ちで、あなたを忘れようとしたと思ってるの?」
 堪らなくなって、ジタンはガーネットをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんな、ダガー……」
「ひどいわ、ジタン」
「……うん、ごめん」
「ジタンのバカ!」
「……スイマセン」
「ジタンなんか嫌いよ!」
「……それは、困る」
「じゃぁ、好きって証明して!」
「は?」
「わたしのこと、好きって証明して!」
 ―――酔っ払いのため、前後の話は繋がりません。
「ジタンは、わたしのこと嫌いなの?」
「まさか!」
「じゃぁ、どうしてもっと愛してくれないの?」
「あ、愛……?」
「わたしのこと、もっと愛して。壊れるくらいに」
 ―――聞きようによっては、大爆弾発言である。
 そして、こともあろうにガーネットはそっと目を閉じた。
 その頬は、相変わらず紅潮している。
 黙っていればその通りの状態である。
 ジタンはゴクリと唾を飲み込んだ。
 ……どうしよう、オレ!
 冷や汗がつーっと流れ落ちる。
 地獄のような時間が数秒。ジタンには数時間にも思えた。
 やがて、ガーネットはパチッと目を開けた。
「やっぱり、嫌いなの?」
「ち、ち、違うって!」
「わたしは、こんなに好きなのに……」
「ダガー!」
「ひどいわ……」
 しくしくと泣き出すガーネット。
 ―――泣き上戸だったらしい。
「違うって! 好きだよ、大好きだって」
「嘘よ!」
「嘘じゃないってば!」
「嘘よ!」
「嘘じゃないって!」
 揉み合っているうちに、すっかりいい体勢になってしまったご両人。
 黒い潤んだ瞳で、じっと見上げるガーネット。
 ジタンは、うっと詰まった。
「嘘よ」
「……嘘じゃないよ」
 ジタンは決心した。
 ここまで愛して欲しいと言っているんだ、ここで引いては男が廃る。
 ―――ほぼ、こじ付けのような言い訳ではあるが。
 ジタンはガーネットの両手を、ベッドに押さえつけた。
「今から、証明する」
 ガーネットはゆるりと微笑むと、再び目を閉じた。
 ジタンの心臓はバクバク状態である。
 ガーネットの頬には、月の光で睫の影が降りていた。
 なんて、綺麗なんだ……。
 そっとそっと、距離を縮めて―――あと、数ミリのところで。
「―――ぐぅ」
「へ?」
 ジタンは目を開けた。
 青い目に凝視される中。
「ぐぅ」
 ガーネットは、もう一度寝息を立てた。
 数秒間、いや数分間、ジタンはまじまじと彼女を見つめた。
 明らかに、すやすやと寝入っている安らかな寝顔。
 思わずがっくりと落ち込むジタン氏……。
 窓の向こうから洩れる月明かりの中、彼はしばらく立ち直れなかった。



***



 翌朝。
 爽やかな朝の風の中、爽やかな二人組が女王陛下の部屋へやってきた。
「ダガー! ダガー起きた〜?」
 コンコン、と指先でドアをノックするのはエーコ嬢。
「エーコ、もう少し静かにせんと。まだ眠っておるやもしれん」
 と言うフライヤは、昨夜ジタンが部屋に戻っていないことを知っていた―――!
「ダガー? ……ホントに、まだ寝てるのかしら」
「だから言うたではないか。また後で出直すといたそう」
「ちぇ〜」
 床をつま先で蹴る少女に、フライヤはゆっくりと微笑んだ。
 と、その瞬間。
 ドアが開いて、部屋から金髪頭が転がり出てきた。
 思わずびっくりして飛び退くエーコ。
 無事、フライヤが受け止めた。
「フライヤ〜」
「……どうしたのじゃ」
「どうしたもこうしたもさぁ〜(涙)」
 ジタンはそのまま、ズルズルと床に座り込んだ。
「死にそう……」
 めそめそしているジタンはフライヤに任せ、エーコはガーネットの部屋を覗き込んだ。
「ダガー? 大丈夫?」
「……ぃ」
 ガーネットはベッドに横になったまま、何かを小さく呟いた。
「ん? 何?」
 側まで寄って、耳をそばだてるエーコ。
「頭が痛い……」
 と、ごくごく小声で囁くガーネット。
 フライヤがドアの外から声を掛けた。
「なに、二日酔いじゃ。昼まで休めば回復するじゃろう。エーコ、クイナに言って、水を一杯持ってきてやってくれぬか?」
「うん」
 エーコはパタパタと部屋の外へ戻った。
「で、ジタンは一体どうしちゃったの?」
「ダガーの介抱をしているうちに、いつの間にやらシッポを踏まれていたらしくての。一晩身動きが取れなかったらしいぞ」
「え〜? 何やってるのよ、ジタン。ホントにおバカさんなんだから」
 エーコはくるりと踵を返し、厨房に水を取りに行った。
 そしてフライヤは、憐れなジタンを部屋まで連れ帰り、寝かしつけてやったのだった。



 二人は結局、昼過ぎまで仲良く眠り続けたという。




-Fin-




                  




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