Resistance(3)


1800年 1月25日 


 その日、フライヤ・クレセントは何日かぶりにベッドの上で目を覚ました。
 だが、見知らぬ部屋に寝かされている事に気付いてすぐに起き上がろうとしたが、体中がズキズキと痛み、なかなかそうすることができなかった。
 その時、扉がゆっくりと開いて一人の女性が入ってきた。
 女性――――ルビィはフライヤを見て安堵しながら言った。
「あっ! 気がついたみたいやな。すぐに朝食持ってくるから待っといてや。」
 そこでようやくフライヤは自分たちが重傷を負ってアレクサンドリア城からここに運び込まれた事を思い出した。
 朝食を取ってルビィが用意した一般の女性用の服に着替えて彼女は部屋を出た。


 小劇場の客席にはバクーが座っていた。
「おう、あんたも気がついたみてえだな。」
「おぬしがバクーか? すまぬ・・・ずいぶん世話になってしまったようじゃな。」
 フライヤは頭を下げた。
 バクーの事は以前にジタンから聞いていたが実際会話をするのは初めてだった。
「ガハハハハ、なあに、困った時はお互い様だ! じゃあルビィ、二人を呼んで来い。」

 間もなく、一組の男女が姿を見せた。
 フライヤは一瞬二人が誰だか判らなかったが、よくよく見てスタイナーとベアトリクスだと判った。
 二人が普段の鎧ではなく自分と同じ、街の住民の服を着ていたから無理もなかったが。
「よかった・・・気がついたのですね。」
 フライヤの姿を見てベアトリクスが顔をほころばせた。
「思ったより元気そうで何よりである。」
 スタイナーも安堵の表情をした。
「そなたらも見た目よりケガの程度は軽そうじゃな。」
「さて、そろったところで今朝から俺たちが調べた事を話すとするか。まず、今日の夜明け頃リンドブルムがアレクサンドリアの攻撃を受けて降伏したぜ。」
 その言葉に三人はしばらく言葉を出すことができなかった。
「そ・・・それはまことであるか!?」
 ようやくスタイナーが言った。
「ああ、今朝レッドローズが帰還してから街中その話で持ち切りだしな。それについさっき大公さんから極秘で手紙が届いたから間違いねえ。」
「ブラネ様がリンドブルムまで攻撃なされるとは・・・。」
 ベアトリクスも驚きを隠せなかった。
「して、ブラネは今後どうする気なのじゃ?」
「この手紙によれば、ブラネはまだリンドブルムにいて物資を戦艦に詰め込んだ後、外側の大陸へ出港するそうだぜ。目的までは書いてねえがな。それとジタンや姫さんたちは今リンドブルムにいるそうだ。」
「おお! 姫さまはご無事であったのであるか!」
「ああ、そしてこれから外側の大陸に向かってブラネの後押しをしてるクジャって野郎を倒すんだとよ。」
 バクーは、シドの立てた計画を説明した。
 クジャを倒してブラネに武器が供給されなくなり力が弱まったところを一気に反撃するというのである。
「クジャとは一体何者なのであるか?」
 ベアトリクスはともかくスタイナーにとって初めて聞く名前だった。
「手紙にはブラネに兵器を供給している武器商人としか書いてねえな。」
(もしや、ブルメシアで会ったあの男の事か?)
 フライヤのその予想は当たっていた。
「それにしても、姫さまが危険を覚悟で知らない大陸へ旅立とうとしておられるのに、自分たちは 何もできずにただこうしておるほかないのか・・・。いいや、そのようなことなどない! 自分たちにも何かできる事が必ずあるはずなのである!!」
 スタイナーは自分に言い聞かせるかのようだった。
「スタイナーの言う通りです。私たちもこのまま休んでいる訳にはいきません。」
 ベアトリクスが賛同した。
「しかし、城の方は私たちを探しておろうし、身動きできぬ私たちに何ができるのじゃ?」
 フライヤの言葉にしばらく皆沈黙していたが、
 やがて、ベアトリクスが誰も考えもしないようなことを発言した。
「・・・一つあります。アレクサンドリア城を占領するのです。」
 その言葉に誰もが絶句したが彼女はさらに続けた。
「城を占領する事さえできればブラネ様には帰る場所がなくなり、リンドブルムにその報告が入れば国民も反抗するはずです。そしてガーネット様たちがクジャを倒せばブラネ様と戦わずしてこの戦争が終わるかもしれません。」


 他の三人はしばらくその案を自分の頭で検討していたが、
「・・・確かにその通りかもしれぬのう。」
「うむっ! やってみるのである!」 
「ガハハハ、城を奪うたあ面白いじゃねえか!!」
 なんと皆が次々と賛成してきたのである。
 タンタラス団も協力するというバクーの申し出にスタイナーもベアトリクスも最初は渋い顔をしたが、フライヤの説得と現実問題として一人でも味方が欲しいところだったので承諾した。
 そして、バクーは街で情報を集めているブランクたちを呼び集めてその事を話した。
「ボス、つまり城を盗むってことっスか?」
「城丸ごとかよ・・・ジタンが聞いたら悔しがるだろうな。」
「もちろんウチはやるで!」
「おいらもずら!」
「俺もでよ!」
「とても面白そうでよ!」
 全員が驚きつつも目を輝かせ、さらに情報を集めに外へ出ていった。


 スタイナーたち三人が普段の鎧に着替えた後、城を落とす作戦が練られた。
「リンドブルムに向かったとはいえ、城内にはまだ私の部下が多く残っているはずです。その中には私と同様に迷いがある者もいるでしょう。何とか城の様子を知ることができれば・・・。」
「生憎だが、城の中は警備が厳重で全く調べられなかったぜ。」
 バクーの言葉にベアトリクスは肩を落とした。
「だがよ、城内の図面ならここにあるぜ!」
 そう言うと、バクーは城の部屋や通路が細かく描かれてある図面を奥の部屋から持ってきた。
「貴様、これをどこから持ってきたのだ!」
 スタイナーが怒鳴った。
「姫さんを誘拐する前に調べたんだよ。盗賊たるものこれくらい当然だぜ、ガハハハハ!!」
「この件が済んだらこれは没収します・・・。」
 ベアトリクスが(あくまで)冷静に言った。
 だが、図面があっても内情を知る方法が無かった。
 しかし、やがてスタイナーがある方法を思いついた。


 そしてここ裏通りにて――――
「そこの彼女、僕と一緒にお茶しな〜い?」
「悪いわね、私は忙しいの。」
 プルート隊の一人であるワイマールが街の女性にナンパをしていたがあっけなく断られていた。
「あ〜あ、僕ってどうしてモテないのかなあ。」
 彼ががっくりと肩を落としたその時だった。
「なあ、あんたワイマールさん?」
 呼ばれた声の方へ振り向くと目の前に青い髪の女性が立っていた。
「そ、そうだけど・・・。」
「ちょっとウチと付き合ってくれへん?」
 その言葉にワイマールの胸は高鳴った。
(こ、これってもしかして逆ナンってやつ!? やっぱり僕って色男なんだ〜。ちょっと化粧が濃いみたいだけど、まあいいか。)
 だが、彼の喜びは次の瞬間驚きへと変わった。
「スタイナーって人があんたを待ってるんや。」
「えっ? た、隊長が!?」
 ワイマールがこの時間帯、裏通りでナンパをしている事をスタイナーは知っていたのである。
 もっとも、彼に言わせれば『隊長たるもの部下の行動を把握しておくのは当然の事である!』らしいが。
 女性――――ルビィに案内されてワイマールは小劇場へと入っていくとスタイナーが椅子に座っていた。
「隊長、ご無事だったのですか! みんな心配していましたよ!!」
「すまぬな。自分とベアトリクスは反逆者ということになっておるゆえ、肩身が狭いのではないか?」
「そんな・・・自分を始めみんなは隊長のことを信じているのであります!!」
 ワイマールのその言葉にスタイナーは内心嬉しく思った。
 ワイマールはスタイナーたちに現在プルート隊は最年長のバイロイトが率いている事など、自分が知っていることは全て話したがあまり詳しい情報は得られなかった。
 そこでスタイナーは、今度は『情報収集が得意』なブルツェンとコッヘルを呼ぶよう命令した。
 二人はすぐにやって来た。
 さすがは情報収集コンビだった。
 現在、城を牛耳っている人物はブルネオ・ポーンというブラネの遠縁にあたるトレノの貴族である事。
 昨日ブラネが出陣するにあたり城の守備を命じられたが、ブラネがベアトリクス隊のほとんどを連れて行ってしまったために、トレノのごろつきや傭兵を金で雇った事。
 城の兵力はベアトリクス隊10人余りとプルート隊、そして雇った兵士たち200人余りである事。
 そして、その部隊を統率しているのがアレクサンドリア国境警備隊隊長
(国境警備隊とは北ゲートや南ゲートを見回りながら敵の侵入を防ぐ部隊である。以前は重用されていたが飛空艇の普及によってゲートが使われなくなると縮小され現在はただの名誉職となっている。)のレイガンである事。
 ベアトリクスに代わって将軍になったのが昨日まで彼女の副官であったでルーシアである事。
ブルネオは部下に略奪など好き勝手やらせているため国民からの評判はたった半日で最悪なものになってしまっている事。
文官の一人が諌めたが即座に処刑されたため誰も何も言えなくなってしまっている事。
幸いなことにクジャもブラネと共にリンドブルムへと出陣しているらしく不在である事を細かく説明した。


 スタイナーがまた何かあったら知らせに来るように命じた後、二人は外に出ていった。
「私の考えが甘かったようです。私の部隊のほとんどが不在の上に残った者を率いているのが  あのルーシアだとは・・・。」
 ベアトリクスは嘆息した。
 ルーシアはアレクサンドリアの上流家庭の出身でベアトリクスと同期にアレクサンドリアの騎士となった。
 彼女の剣の腕前は相当なものだったが、常にベアトリクスの方が上回っていた。
 ルーシアはそれを妬んだ。
 そしてベアトリクスが将軍になった時、彼女は副官になった。
 ルーシアにはそれが不満だった。
 エリート意識の高かった彼女は自分が将軍になるのが当然と考えたのだった。
 ルーシアは常に不平不満を述べ、時には隊を混乱させる事もあったため、ベアトリクスは一度彼女の解任をブラネに上奏しようとしたが、それを知ったルーシアは自分からブラネに申し開きをし、ブラネから和解するよう命令されてしまったのである。
 主君からのこの命令にベアトリクスは渋々ながら従った。
 だが、ルーシアはこの件でさらにベアトリクスへの憎しみを募らせたのだった。
「ルーシアならば私をためらいなく殺すでしょうね。」
 ベアトリクスは断言した。
「しかし、ブルネオと申す男、本当にブラネの一族なのか?」
 フライヤのその質問にバクーが答えた。
「確かに奴はブラネの遠縁だが女王の威光を笠に着てトレノのポーン家主人になった野郎だ。噂じゃ偽造した美術品や麻薬を密売しているそうだぜ。」
「なんという奴!! そのような輩が城を支配しておるというのであるか!!」
 スタイナーが憤慨した。
「以前のブラネ様ならばこのような事を許すはずがなかったのでしょうが・・・。」
 ベアトリクスは表情こそ変えなかったが内心はスタイナーと同じ思いだった。
「とにかく、これで城の様子は判ったが正攻法では勝ち目が無くなったようじゃな・・・。」
 相手は200人以上、それに対してこちらはタンタラス団、プルート隊、そして残りのベアトリクス隊を含めても30人程度。
 とても勝負にならない。
「ならば、昨日通った地下通路から女王の間に奇襲をかけてブルネオを抑えるというのはどうです?」
 ベアトリクスが次の案を述べた。
「いや、奴らも地下通路の存在は知っているはずである。それに女王の間に奴がいる保証もあるまい。しくじれば一巻の終わりである。」
 スタイナーの意見はもっともだった。
「では、こういうのは―――――」
「それは妙案ではあるが・・・少々無理があるなのではないか?」
 スタイナーとベアトリクスはフライヤたちの存在など忘れたかのように次々と案を出し合い続けた。
 バクーは目を丸くしながら二人を交互に見やった。
 ガーネットを誘拐する前の調査によれば、彼らは反目しあっているはずなのだが目の前の二人は見事に息が合っていたからである。


 数時間にわたって作戦が練られたがどれも無理があった。
「・・・仕方ありません。相手が何か行動を起こすのを待ちましょう。」
「・・・うむ・・・それしかなさそうであるな・・・。」
 結局、その日の作戦会議はそこで終了した――――

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