FINAL FANTASY \ PLUS
一章 (3)
話は昨夜にまで遡る。
スタイナーが推測したとおり、ガーネットはガルガン・ルーを使って夜半頃にトレノに到着した。
ジタンがリンドブルムからアレクサンドリアまで徒歩で移動してくるのならば、途中で必ずトレノに立ち寄るはずと考えたからである。
出入口となっている塔の住人トットは、現在ガーネットの補佐役としてアレクサンドリアに滞在しているため、引き留められる心配はなかった。
外に出て、胸一杯に新鮮な空気を吸い込むと、しばらく味わうことのなかった解放感に満たされ、彼女の心は少しだけ晴れやかになったが、感傷に浸るためにトレノに来たのではない。
想いの人、ジタンを捜し出すために来たのだ。
城を抜け出したことには、もちろん後ろめたさを感じていた。
朝になれば、きっと城中が大騒ぎとなるだろう。
スタイナーやベアトリクス、そして政治学にも詳しいトット先生もいるから大丈夫だと思うが、やはり国政にも支障が生じるだろう。
しかし、エーコたちの話が聞こえた瞬間、今日まで胸の奥底に溜め込んでいたジタンへの思慕が一気に溢れ出し、どうにもならなくなってしまったのである。
また、行かない方がもっと後悔すると思ったからでもあった。
そのため、ジタンを見つけるまでは、決して城へは戻らない覚悟だった。
当然、城からは追っ手が派遣されるだろうが、そのための対策はすでにしておいた。
到着直後、すぐにガルガン・ルーの連結変換レバーを壊し、トレノに来ることが出来ないようにしたのである。
蒸気機関を利用した飛空艇は、未だアレクサンドリアでは実用化されていないため、これで数日は時間を稼げると計算したのだった。
だが、それまでに情報を集めて、できるだけ早くトレノから移動しなければならない。
―――早く情報を集めるには、どうしたらいいのかしら?
まさか住民一人一人に訊いて回るわけにもいかなかった。
第一、自分の素性が知れたら大変なことになる。
ガーネットは思案した末、スタイナーに倣って、人が多く集まる酒場に足を運ぶことにした。
この街は相変わらず眠ることを知らなかった。
旅の装備を整えている若い冒険者、この時間まで酒宴をしていたらしき中年貴族、そして住む家を持たぬ浮浪者たちが出歩いていた。
一見、一年前と全く同じ光景だった。
なぜか、男性からの視線を多く感じること以外は―――
ガーネットは全く自覚していなかった。
この一年の間に、自分がより大人の女性としての身体つきに成長したということを。
ただでさえ、年頃の娘が一人で歩き回るには危険極まりない街だというのにである。
とうとう突き刺さるような視線に耐え切れずに自然と早足になるが、二人の男が後をつけてきた。
ガーネットはそれに気付き、何とか男たちとの距離を離そうとするが、迂闊にも袋小路に入り込んでしまった。
慌てて引き返そうとしたが、すでに男たちが道を塞いでいた。
「な、何かわたしに御用ですか?」
ニヤニヤと笑う彼らに心理的嫌悪を感じながらも、ガーネットは努めて冷静に訊ねるが、男たちは彼女の問い掛けなど完全に無視していた。
「なっ、俺の言ったとおりだろう?」
「確かにな。すっげぇかわいいじゃん。」
そう言いながら、男の一人がいきなりガーネットの腕を掴んできた。
「きゃっ! 何をするんですか!?」
「嫌がるこたぁねぇだろう? ちょっと俺たちと付き合って―――」
その言葉が終わる前に、男は昏倒した。
ガーネットが城から持ってきた護身用のロッドで、男の脳天をおもいっきりガツンと殴りつけたからである。
「こいつ! こっちが大人しくしてりゃ、いい気になりやがって!」
残った男はガーネットの思わぬ抵抗に激昂し、腰からナイフを抜きかけたが、その途端、彼もまたドサリと地面に崩れ落ちた。
いつの間にか背後に立っていた鎧姿の女性から、当て身を貰ったからだった。
「婦女子を刃物で脅すとは、情けない男どもじゃな。」
「その声―――もしかして、フライヤ!?」
「久し振りじゃな。ダガー。それにしても我が眼を疑ごうたぞ。まさか、このような所で逢うとはのう。」
ガーネットは驚きと同時に、思わぬ場所での仲間との再会に顔をほころばせていた。
彼女を悪漢から救ったのは、ブルメシアの女竜騎士、フライヤ・クレセントだったのである。
「そうであったのか。ジタンを捜しにのう……。」
ガーネットから事情を聴いたフライヤは、ジタンの生還、そして彼が再び行方不明となっている事実に驚きを隠せずにいたが、やがて険しい表情で彼女に城に戻るよう忠告した。
しかし、ガーネットは頑なにそれを拒んだ。
フライヤはなおも説得を試みようとしたが、ガーネットの決意に満ちた強い瞳を見て、諦めたように呟いた。
「……決心は固いようじゃな。仕方あるまい。」
「フライヤ、ありがとう……。」
ガーネットは静かに礼を述べた。
「フッ、それにしても、お互い惚れた男には苦労させられるのう。」
「えっ?」
フライヤは口元を緩ませながら、自分がトレノを訪れた理由をガーネットに説明した。
彼女もガーネットと同じく、恋人を捜し出す旅に出ていたのである。
説得を諦めたのも、愛しい人に逢いたいというガーネットの想いが痛いほど理解できたからだった。
フライヤは大戦が終わった後、ブルメシアの復興に尽力していた。
あの大戦で重臣の多くが命を落としたために、復興作業の全指揮は彼女が執ることになった。
最初に行ったのは、第一王子のパックを即位させて国内を纏めることだった。
パックは弱冠14歳であったが、外の世界で得た知識と経験を活かしてくれるだろうと期待され、また異議を唱える者もおらず、数日後には彼を即位させることに成功した。
宰相には、クレイラの神官であったキルデアが任命された。
彼はダゲレオで多くの知識を得ており、復興に欠かせない人物であると周囲から推薦され、自らもそれを強く望んでいたからである。
そして、国力の回復を促進させるために、ブルメシアとクレイラを数百年振りに統一するという会議も開かれるようになった。
フライヤがパックに国外への旅の許可を願い出たのはそんな時だった。
何もこれからという時に、とキルデアは怒りを露わにしたが、パックは何も訊かずにそれを許した。
パックは知っていたのだ。
フライヤが、ずっと恋人のフラットレイを捜しに行きたがっていたということを。
フラットレイはクレイラの消滅と共に死んだとの専らの噂だったが、その現場に居合わせたパックがこうして生きている以上、生存の可能性は決してゼロではなかった。
そして許しを貰ったその日の内に、フライヤは旅に出たのであった。
「それで、何か手掛かりは掴めたの?」
酒場へと歩きつつ、ガーネットはフライヤに訊ねた。
「いや……。じゃが、あの爆発で命を落とすような御方ではない。必ず生きておるはずじゃ。」
と、フライヤは半ば自分に言い聞かせるように答えるのだった。
酒場の主人はガーネットのことをよく憶えており、質問にも快く応じてくれた。
また、キング家の勢いが最近衰えたこと、クイーン家に泥棒が入ったこと、ビショップ家がアレクサンドリアに資金援助を申し出たこと、ナイト家が武器屋を廃業したことなど、様々な情報も提供してくれたが、ジタンやフラットレイに繋がる手掛かりを得ることはできなかった。
ガーネットは落胆したが、決してそれを顔には出さなかった。
「今夜はもう遅い。部屋を用意すっから、ゆっくり休んでいきな。」
主人の勧めにガーネットは困惑したが、今夜中に追っ手が来ることは無いだろうと考え、それに応じることにした。
寝室は意外と広く、ベッドも二人分用意されていた。
「ダガー、気を落とすでないぞ。なあに、ジタンのことじゃ。どこかに寄り道しているだけであろう。」
「ありがとう。じゃあ、お休みなさい。」
そう言って、ガーネットはベッドに横になったが、言い知れぬ不安が大きくなるばかりで、なかなか眠りに就くことはできなかった。
***
その頃、リンドブルム領キングエディ平原で、一人の男が死に掛けていた。
どうやら魔物に襲われたらしく腹部に重傷を負っており、そして何か心残りでもあるのか、非常に悔しそうな表情を浮かべていた。
「く……無念だ……。」
彼は幼い頃から病弱だった父親と、自分を今の境遇に追いやった祖父や叔父を恨んでいた。
本来なら、自分が権力の座に就いているはずだったからである。
これでは、死んでも死に切れなかった。
「いやだ……死にたくない……。これでは……あまりに……。」
そのまま意識が遠くなりかけたその時、何者かが語りかけてくる声がした。
―――ならば、助けてやっても良いぞ。
「……誰だ?」
彼は必死で意識を保ちつつ、声のする方に顔を向けた。
出血多量で眼が霞んでいたため、相手の顔は判別できなかったが、声で自分より若い男であることは判った。
―――そのようなことなど、どうでも良かろう。それより、助かりたくはないのか?
「……本当に助けてくれるのか?」
―――もちろんだ。加えて、人智を超越した力と知識も授けてやる。
「……分かった。早く助けてくれ……苦しい……。」
―――では、これを握るのだ。
男から手渡された物を無我夢中で握り締めると、『それ』は妖しい光を放ち始め、同時に自分の身体の中に何かが入り込んで来る感じがした。
―――どうやら『ハシュマリム』は、こやつを依代に選んだようだな……。
その光景を眺めながら、『それ』を渡した男はニヤリと笑った。