飛空艇革命(3)


 第11代リンドブルム大公のシド・ファブール8世に凶報が届いたのはアレクサンドリア王が出陣して数日後の夕方のことだった。
「アレクサンドリア王が戦死じゃと!! どういう事か詳しく申せ!」
 シドは今にも掴みかからんばかりの勢いでアレクサンドリアからの使者に問いただした。


 使者が言うには、アレクサンドリア軍は霧の中をメリダ平原まで進軍し、そこで休息を取り、翌日ブルメシア軍の動向を探る予定だったそうである。
 だが、メリダ平原まで到達した直後、いきなり前方から兵士たちの叫び声が上がった。
 ブルメシア軍が霧に紛れて奇襲をかけてきたのだった。
 突然の攻撃にアレクサンドリア軍は大混乱に陥った。
 アレクサンドリア王は懸命に部隊を鼓舞したが、その時、霧の中から一本の槍が伸びてきて彼の胸を貫いたのだった。
 それを見た近衛兵はすぐに安全な場所まで国王を退却させて治療を施したが、その甲斐なく彼は息を引き取ってしまった。
 そして、壊滅的な打撃を受けたアレクサンドリア軍はメリダ平原から総退却したのだった。


「わがアレクサンドリア軍は辛うじてグニータス盆地を死守しておりますが、国王戦死により軍の動揺は計り知れません。大公殿下には速やかなる援軍をと、これは女王陛下のお言葉です!」
「わかった。重臣たちとも相談するゆえ、しばらく休まれるがよい。」


 それから1時間も経たないうちに宰相フィンセント卿を始めとするリンドブルムの重臣全てが会議室に集められた。
 会議の内容はもちろんアレクサンドリアに援軍を出すか否かである。
 だが、重臣たちの意見は分かれた。
「殿下、我がリンドブルムとアレクサンドリアとは不可侵条約を結びました。それに加え、殿下とアレクサンドリア王とは長年の友誼がありました。ここは援軍を出し、弔い合戦をされるべきです。」
「待たれい、不可侵条約ならば先年ブルメシアとも結んだではないか。」
「ブルメシアはネズミの治める国だぞ。信用できるものか!」
「信用できぬと言うが、ブルメシアは本来義を重んじる国だ。振り返ってみればアレクサンドリアの方が停戦を無視して戦争を仕掛けてきたこともあったではないか。」
「過去の事を持ち出すな! 問題となっているのは現在だ!」
「しかし、現実的に見てわが国の兵ではブルメシアの竜騎士団に勝てるわけがない。ここはやはり国王を失って落ち目のアレクサンドリアよりも、日の出の勢いのブルメシアに付いた方が良いのではないのか?」
「アレクサンドリアを裏切るばかりか、ブルメシアの味方をすると言うか!」
「ならば、どちらにも味方せんというのはどうだろう?」
「傍観を決め込むだと! それでは両国からの信用を失うぞ!」


 まとめてみると主な意見は次の通り。
@長年の誼があるからアレクサンドリアに援軍を出す。(たとえ負けようとも。)
Aブルメシアが恐ろしいので援軍を出さない。(むしろブルメシア側に付くべき。)
B他国の問題なので中立を守る。(いっそ両国が疲弊するのを待って漁夫の利を得る。)


 深夜にまで激論が交わされたがなかなか結論は出なかった。
 シドは会議が始まってからずっとその様子を静観していたが、突然手を叩いた。
「もうよい、おまえたちの意見はよく分かった。後はワシが熟考するゆえ皆は休むがよい。フィンセントは残れ。それと末席にいるおまえ、おまえじゃよオルベルタ。少し話がある。」
 重臣たちが退室すると、会議室にはシド大公と宰相のフィンセント卿、そして末席に座っていた年若い文官、オルベルタが残された。
 後年、シド9世の右腕となるオルベルタはこの時、弱冠21歳。
 幼少の頃からその博識を謳われた秀才であった。


「さて、二人を残したのは他でもない。なぜ会議で一言も意見を言わなかったのじゃ?」
シドからの問いに対して、オルベルタは姿勢を正して答えた。
「畏れながら殿下に申し上げます。私は会議の内容には納得しかねます。」
「なぜじゃ?」
「援軍を出すか否かという小さな事が議題だったからです。戦争を終わらせるためにはどうすればいいかという最も大切な事が出されておりませんでした。」
「だが、その戦争を終わらせるために援軍を出すのではないのか?」
「いいえ、それでは戦いが逆に長引き、多くの人々が命を失うだけであると思います。」
「ならばどうするのじゃ?」
「わが国が仲介役となりアレクサンドリアとブルメシア両国を説得して和平協定の場を持たせるのです。もともと今回の戦争はブルメシアの国王が心無い臣下に唆されて行ったものであり、決してブルメシア国民全体が望んだものではないと考えます。」
「和平協定は結構じゃが、それに両国が……特にブルメシアが応じるものかどうか……。」
「ブルメシア国王に正常な判断力が残っていれば可能であると思います。それが困難であればブルメシア国民に終戦を呼びかけるのです。」
オルベルタの意見にシドは唸った。そして……。
「……どうやらおまえの意見がもっとも正しく理想的のようじゃ。早速ブルメシア王に使者を送ってみよう。」


 オルベルタが退室するのを見届けた後、シドはフィンセントに話し掛けた。
「おまえも会議で何も言わなかったが、どうせワシにしか言えぬ考えなのじゃろう?」
「その通りです殿下。」
「オルベルタとは違う意見か?」
「いいえ、全く同じです。あの若者は噂通りの秀才だと感じました。」
「ほほう、ずいぶんあの男を買っておるようじゃな。」
「殿下こそ。」
 二人は笑いあった。
 君臣の隔たりこそあるがこの二人は肝胆相照らすほどの仲なのだ。
「本題に戻るが……おまえの言わんとすることは分かっておる。ブルメシアが応じなかった時の場合じゃな?」
「はい。オルベルタは楽観視していましたが、うまくいく可能性は低いでしょう。」
「その時は……やはり軍を出すのか?」
「殿下、我が国の軍ではブルメシア竜騎士団には勝てません。もし勝てるとすれば『あれ』の使用が不可欠です。」
「『あれ』か……。決して使うことがあってはならんと望んでいたのじゃが……。」
 確かに『あれ』ならばブルメシアを黙らせるのも可能であった。
 しかし、戦闘に使ったならば多くの死者が出ることは必定だった。
 フィンセントはシドを励ました。
「殿下、私はそうならないために全力を尽くす所存です。」
 二人が想定している最悪のシナリオ。
 それは、戦争の歴史を大きく変えるものだった。
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