破壊された街にて
1800年 1月25日
ここはリンドブルム――――
昨日まではたくさんの人々で賑わっていたが、今日は人影もまばらで黒魔道士兵たちの死体が散乱しておりアレクサンドリアの兵士たちが街に大勢いた。
つい数時間前のレッドローズの砲撃と黒魔道士兵の奇襲、そしてブラネ女王が召喚した『アトモス』によってリンドブルムは完膚なきにまで破壊されてしまったのだった。
リンドブルム大公シド・ファブールは『アトモス』の凄まじい破壊力を見せつけられアレクサンドリアに降伏した。
しかし、このまま泣き寝入りをしているシドでもなかった。
そして商業区――――
シドからの情報でブラネの後押しをしているクジャという謎の武器商人を倒すため、ジタン、ガーネット、ビビの三人はクジャの根城があるという『外側の大陸』へ向かうことになった。
しかし、未知の大陸にはどのような危険があるか分からない。
そのため、ここ商業区で万全な準備をするのだった。
「いいか、リンドブルムはもうアレクサンドリア領なんだ。しばらくは戻って来れなくなる。だから、しっかり仕度して来いよ、終わったらまた俺に声をかけてくれ。」
男(実はリンドブルムの士官である)はジタンとガーネットの二人にそう注意した。
(ビビは先程、黒魔道士兵と間違われ、住民に暴行を受けたため城内で二人を待っている。)
「わかった、じゃあ後でな。」
ジタンとガーネットの二人は男を待たせ、旅に必要な武器、防具、食糧、薬などを購入した。
そして最後に合成屋で準備は終わるはずだったのだが――――
「おい、合成に3時間も掛かるってどういうことだよ?」
「お客さん、『エクスプローダ』は最近始めたばかりだし、それにこの店も少しやられちまったんだ。悪いけど我慢してくれ。」
合成屋のウェインが申し訳なさそうに言った。
「それじゃ、しょうがないな。じゃあ後で取りに来るよ。」
「すまないダガー、ちょっと時間が掛かるみたいなんだ。」
ジタンは外で待たせてあるガーネットに謝った。
「いいのよ、気にしなくても。」
ガーネットはジタンに微笑みながら言った。
(やっぱ、ダガーってかわいい〜〜〜!!)
ジタンは彼女の笑顔を見て呑気にそう思った。
他の買い物はすでに済んでしまっていたため二人は何もすることがなかった。
しばらくして、ガーネットが話しかけてきた。
「あの・・・ジタン・・・。」
「どうしたダガー?」
「ううん、何でもない。別に大した事じゃないから・・・。」
「無理するなよ、先に城に戻っていてもいいんだぜ。」
ジタンはガーネットが退屈しているのだろうと思った。
「いいえ、そうじゃなくて・・・。」
しかし、ガーネットは首を横に振った。
するとジタンはいつものようにおどけながら言った。
「じゃあ何だ、オレに愛の告白でもする気になったとか?」
「そうじゃありません!!」
ガーネットは即座にきっぱりと否定した。
「じゃあ、何だよ?」
間髪入れずに否定されたことにジタンは少々ショックを感じたがさらに聞いた。
ガーネットはようやく白状した。
「あの・・・待っている間に街を見て回ってもいいかしら・・・?」
ジタンがそれを許すはずがなかった。
「ダメに決まってるだろ! まだアレクサンドリアの兵隊がうようよしているんだぞ。もし姫だということがばれたら――――」
しかし、ガーネットの次の発言を聞いてジタンは黙ってしまった。
「お母様が犯したことをこの目に焼きつけておきたいの・・・。」
ジタンには彼女の気持ちは痛いほど理解できたがそれでも承知できなかった。
しかし、ガーネットの真剣な瞳を見てあまり目立たないようにするという条件でついに了承した。
ジタンがどこからか持ってきたフード付きの服をガーネットに着せた後、二人は街を探索した。
考えてみれば二人きりで街を歩くのは初めてだった。
こんな事態でなければ約束のデートもできたのだが・・・。
ジタンはいつ自分たちが怪しまれやしないかと気が気ではなかった。
しかし、幸いにも兵士たちは制圧した街の見回りなどに躍起になっており、二人を怪しむ者はいなかった。
住民たちはそれどころではなかったとも言えたが。
皆、家族や仲間を亡くした哀しみとブラネ女王に対する怒りと憎しみに満ちた表情をしていた。
両親と離れ離れになり泣き叫んでいる女の子。
生死不明の夫に会いたいために何とかエアキャブを動かしてほしいと駅員に泣きながら懇願する妻と、それがまだ理解できていない幼い娘。
友人を殺されて怒りに燃える青年。
全てに絶望した老人。
それを見るたび二人の心には悲壮感が漂うのだった。
そこに、二人の男たちの会話がジタンの耳に入った。
「くそっ! ブラネの野郎許せねえ!! 俺が必ずぶっ殺して――――」
「おい、バカな真似すんじゃねえぞ。さっきも見ただろ? ブラネを殺そうとした奴が捕まって火あぶりになったのをよ。」
「だ、だけどよう、この悔しさをどこにぶつけたらいいんだ!?」
「とにかく今は我慢しろよ。そんなことを奴らに聞かれたら、『タンタラス』の一味だと思われるぞ。」
ジタンはそれを聞いて思わず男二人に話しかけた。
「おい、その話詳しく聞かせてくれ。」
「何だ、あんたも知らないのか? ブラネは『タンタラス』の連中を捕らえろって触れを出したんだよ。何でかって? そんなの俺が知るかよ。とにかく一味なら女子供でも容赦なく死刑になるんだとよ。」
ジタンはそれを聞くやいなやエアキャブ駅へと駆け出していった。
「ジタン!?」
ガーネットはジタンの後を追いかけて駅に入り、エアキャブに飛び乗った。
「ジタン、どこに行くつもりなの?」
エアキャブの中、肩で息をしながらガーネットは聞いた。
「ごめん、アジトにみんなが気になったんだ。」
「でも、タンタラスのみんなならアレクサンドリアやトレノにいるはずじゃ・・・。」
「いや、アジトにはまだいるかもしれないんだ。」
それだけ言うとジタンは押し黙ってしまった。
ガーネットはそれ以上話しかけることができなかった。
今までどんな時でも落ち着いていたジタンが珍しく狼狽していたからだった。
しばらくして、エアキャブは劇場街に到着した。
扉が開くと同時に再びジタンたちは走り始めた。
劇場街もひどい有様だった。
ここからでも劇場街の象徴であるフュゲルト記念劇場が破壊されて影も形もなくなっていることが見て取れた。
長い階段を駆け下り、しばらく走ると大きな時計が目印の建物が見えてきた。
それがタンタラスのアジトだった。
(頼む、無事でいてくれ・・・。)
ジタンはそう願いながらアジトに飛び込んだ。
その瞬間、
「きゃあ!」
「わぉっ!」
幼い男の子と女の子の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴の方を見てジタンは安堵の表情を浮かべた。
「バンス、ルシェラ・・・よかった・・・お前ら無事だったんだな。」
「な、なんだ、ジタンか、ちびりそうになったじゃんか!」
「もぉ、とんがりぼうしの人たちかと思ったじゃない!」
男の子――――バンスも、
女の子――――ルシェラも、
ジタンに向かって同じような文句を言った。
「ハハッ、ごめんな。」
ジタンは笑いながらも素直に謝った。
「ここも一応無事だったんだな。」
ジタンは中を見回した。
アジトはそれほどの損傷がないようだった。(相変わらず散らかってはいたが。)
「タンタラスのアジトはおれたちがちゃ〜んと守ってたよ! アジトのことはおれたちにまかせてアイツらをやっつけてきちゃってよ。」
バンスが自慢げに言った。
「へえ、たいしたもんだな。」
ジタンはバンスの頭を撫でた。
「バクーおじちゃんはまだ帰ってこないのぉ? おじちゃんがいればぜんぜん怖くないのに・・・・・・。」
ルシェラが不安げに声を小さくしながら言った。
「ああ、まだ当分帰って来れそうにない――――」
その時ジタンは気付いた。
二人が泣きそうな顔をしていることに。
ジタンは黙って跪き両腕を広げた。
「・・・おいで。」
それを見た二人はジタンに駆け寄り抱きついて大声を出して泣き始めた。
街の壊滅によって二人に与えられた恐怖は相当なものだったに違いない。
それでもタンタラスの一員として必死にがんばったのだ。
「よしよし、怖かったろ? もう大丈夫だからな。」
ジタンは泣きむせぶ二人を優しくそして強く抱きしめた。
ガーネットはそれを黙って静観していた。
しばらくして、ようやく二人は泣き止んだ。
「もう、平気だな?」
「うん。」
「じゃあ、オレたちはこれからまた出かけなきゃいけないんだけど二人でがんばれるな?」
「うんっ!!」
幼い二人は元気いっぱいの返事をした。
「ジタン、この子たちもタンタラスなの?」
ガーネットが聞いた。
「ああ、まだ正式という訳じゃないけどな。」
「ひどいよジタン、おれたちはちゃんとした――――」
「トリックスパローの羽くらいで調子に乗るなよ。」
「そんなこと言うんだったら、この前のことこのおねえちゃんに言っちゃうぞ!!」
「えっ、この前のことって・・・?」
ガーネットがバンスに聞いた。
「実はさあ、この前ジタンたらうちのねえちゃんに――――」
「げっ!! オレが悪かった。頼むからそれ以上言わないでくれ〜。」
ジタンは慌てふためきバンスに土下座しながら必死に懇願した。
その様子を見てルシェラとガーネットが笑い出した。
バンスもつられて笑い出した。
誰もが暗い顔をしているリンドブルムの中で、しばらくこの部屋だけが笑い声が響いていた。
いつの間にか3時間が経過しようとしており、ジタンとガーネットが商業区へ戻る時間が近づいていた。
「じゃあな、二人ともアジトのこと頼むぜ。だけど危なくなったらすぐに逃げるんだぞ?」
ジタンは幼い二人に別れの挨拶をした。
ガーネットは先にアジトの外で待っている。
「うん、ダイジョブ。」
「おれたちにまかせといてよ。」
二人とも実に元気のいい返事をした。
「ところでさあ、ジタン。」
「聞きたいことがあるのよねえ。」
二人が突然ジタンに質問をした。
「あのきれいなおねえちゃん、もしかしてあのお姫さま?」
「きめぜりふはもう言ったの?」
「おいおい、いきなり何だよ?」
ジタンは突然の質問に戸惑いを隠せなかった。
「やっぱりふられたんだ〜。」
「おれのねえちゃんにもふられたぐらいだもんな〜。」
バンスの姉はアリスといい、商業区で道具屋を営んでいる。
そしてジタンは以前に彼女をお茶に誘ったのだが、あっけなく断られてしまっていたのだった。
二人はクスクスと笑い出す。
「お前ら勘違いすんなよ。まだ決め台詞も言っていないし、ふられてもいないぜ。」
ジタンはきっぱりと否定した。
「そうなの? じゃあ応援してるよ。」
「がんばれ〜。」
二人が声援を送る。
子供の言うことだと思ってジタンは何も言わず苦笑しながら頭を掻いた。
だが、次の二人の言葉を聞いた時は思わず反応した。
「今回は脈ありだと思うよ。」
「あのおねえちゃん、ジタンおにいちゃんを見る目がなんだか優しかったもん。」
子供は大人よりもこういうことに気付くのが早いのだ。
「ホ、ホントか!?」
ジタンの声はうわずっていた。
「ホントだよ。ジタンおにいちゃんもお姫さまのこと好きなんでしょ?」
「いや、そんなに好きという訳じゃ――――」
「そんなこと言って、素直になりなよ〜。」
「・・・・・・。」
バンスの言葉にジタンは黙りこくってしまった。
アジトを出て、仕事を無くした俳優に働き口を教えた後、二人は商業区へと戻った。
その商業区へと戻るエアキャブ内ではなぜか二人とも無言だった。
ジタンもガーネットも、それぞれお互いのことで物思いにふけっていたのだった。
ガーネットはジタンの事を昨日アレクサンドリアで再会するまで、頼もしくはあるものの女の子にだらしがないお調子者だと思っていた。
しかし、昨日城を脱出する時のジタンの自分に対しての真剣な表情と言葉と、そして今日、子供たちに見せた優しい表情を見てからジタンが決してそれだけの男性ではないことを初めて自覚したのだった。
ジタンも今まではガーネットの事を好意は持っていたものの、今までつきあってきた女の子と同じで本気で好きにはならないだろうと思っていた。
しかし、バンスとルシェラに言われて初めて、彼女の存在が今までとは違って自分の中で大きくなっているのかもしれないと思ったのだった。
それが『外側の大陸』を旅する間にやがて『愛情』というものに成長し、それをお互いが自覚するのはもうしばらく先の事である――――
Fin