「ねぇ、知ってる? ボーデン駅のお店、とうとう人手に渡ってしまったんですって」
「やっぱり? でも仕方ないわよね。今時、魔法の品なんか誰も買わないもの」
 その瞬間、店番を任されていたことも忘れて外へ飛び出していく一人の女の子の姿があった。


七夕



―――ああ…もっと早く気がついていたら……。あの人は今頃どうしているだろう?
 ボーデン駅に向かう鉄馬車の中で、マリーは不安を募らせていた。
 マリーの言う『あの人』とは、山頂の駅を挟んで反対側にあるアレクサンドリア駅で魔法の店を経営しているジェフのことである。
 マリーは彼に仄かな恋心を抱いていた。
 数ヶ月前、店の主人から用事を言い付かって反対側の駅に行った時、働いている彼の姿を見かけたのが発端である。
 ジェフという男性は、決して容姿も身体つきも人より優れているわけではなく、どこにでもいる普通の青年だった。
 また店も繁盛しているわけではなく、むしろ経営不振といったほうが的を射ていた。
 しかし、働いている時の彼の姿は、まるで水を得た魚のようにとても活き活きと輝いており、それがマリーの心を捉えたのである。
―――あの人、よっぽど自分のお店が大好きなのね。
 それ以来、マリーは昼休みになると毎日欠かさず彼の店に通うようになった。
 ただし、ある時は物陰から、またある時は遠くから眺めるだけという、一歩間違えばストーカーのような通い方だったが……。
 ともあれ、いつしか彼への関心が次第に恋心へと移り変わっていった。
 しかし、マリーはこの想いをずっと胸の奥に仕舞いこんでいた。
 やや太めの自分の体型にコンプレックスを抱いており、彼から拒絶されることを恐れていたからである。
 一度だけ思い切って店の中に入ろうとしたこともあったが、恥ずかしさのあまり彼の顔も見ないまま逃げ出す始末だった。
 いつしか、マリーはジェフへの告白を諦めようとしていた。
「今のまま、彼を遠くから眺めていられるだけで充分幸せなんだ」と自分に言い聞かせたのである。
 その後、マリーも店の仕事が忙しくなり、ジェフの様子を見に行かない日々が続いた。
 そして今日、冒頭の会話を聞いたのである。


***


 ボーデン駅に到着すると、マリーはすぐさまジェフの店を覗きに行ったが、すでに彼の姿は無く、新しい店主が経営を始めていた。
 マリーは、その店主にジェフの行方を訊いた。
「ああ、あの人なら、ついさっき荷物を纏めて向こうに行ったとこだよ」
 店主の指差す方へ行ってみると、トボトボと所在無く歩き回るジェフの姿を見つけた。
 遠目からであったが、彼の瞳には以前のような輝きが見られず、マリーが思った以上に落ち込んでいる様子であった。
―――どうしよう……?
 ここまで来ておきながら、マリーは彼に声を掛けるか否か迷いに迷っていた。
―――彼を励ましてあげたい。けど、見ず知らずのあたしがしても迷惑なのでは……。
 今日ほど、小心者の自分を恨めしく思ったことはない。
 その時、ズタ袋を肩に担いだ騎士風の男がこちらに近づいてきた。


***


 それから一時間後、アレクサンドリア駅へと走るベルクメアの中。
 マリーの頬は湯気が出そうなほど赤く染まり、心臓は破裂しそうなほどに早鐘を打っていた。
 あの騎士風の男に背中を押される形ではあったが、彼女はジェフと初めての会話を交わすことができたのである。
 会話というよりも、マリーが勢いに任せて一方的に捲くし立て、ジェフはただ頷いたり返事をしたりするだけだったのだが。
 何より嬉しかったのは、また日を改めて逢う約束をしてくれたことだった。
 別れ際、初めてジェフの方から「今度、そっちのお店に遊びに行くよ」と言ってくれた時は、危うく卒倒しそうになったほどである。
 どうやらジェフも、落ち込んでいる自分を優しく励ましてくれた女の子に好印象を抱いたらしい。
 そのため、もっと早く勇気を出しておけば良かったと、後悔することしきりであった。
 と同時に、彼の励みになるよう頑張ろうと、自分を奮い立たせるのだった。


***


「マリー、ポーションはここに置いとくよ」
「ありがとう、ジェフ」
 数週間後、アレクサンドリア駅の道具屋でせっせと働く二人の姿があった。
 無職のジェフを見かねた店の主人が、マリーの希望もあってバイト見習いとして雇ってくれたのである。
 店の働き手が増えるのは、前々から病気がちで休むことが多かった店主にとっても大助かりで、元々道具の知識に詳しいジェフのおかげで店の収入も上向きになり、次第に客足も伸び始めるようになった。
 そしてあの日、大陸の霧が晴れて鉄馬車が動かなくなってしまってからというもの、ジェフは店に居候することになった。
 彼と一緒にいられる時間が増えたことに、マリーが飛び上がるほど喜んだのは言うまでもない。


 しばらくして、店主の提案により店の名前がリニューアルされた。
 新しい店名は『ヴェガ&アルタイル』
 今のアイテム店『ヴェガ』と、ジェフが経営していた魔法の店『アルタイル』を併せただけなのだが、店主によれば某有名劇作家が書いた『
星の大河と身分を越えた恋物語』の題名でもあるとのことだった。
 その時、店主が『恋物語』のアクセントを強くしたのはマリーの気のせいであろうか……。
 その後、「この店で買い物をすると、相手に想いが届く」という、マリーを応援していた一匹のモーグリの(密かな)宣伝効果もあり、前にも増して店は繁盛するようになった。


 この後、ジェフとマリーの二人はイーファの樹の根の暴走による店の倒壊にも挫けることなく、ダリ村の武器屋で再びバイトとして働き、お金を貯めて今度は自分たちが経営する店を開くことになるのだが、それはまた別の話である。
 ただし、その店の名前も勿論『ヴェガ&アルタイル』であることをここに記しておこう。


 
Fin






二本目完成です。何とか≪旧≫七夕に間に合いました(笑)
『七夕』というお題で最初に思いついたのはこの二人でした。
というわけで、本編ではちょっとしか語られていない二人の馴れ初めを書いたわけですがどうでしょう?(^^;)
もちろん某有名劇作家とはエイヴォン卿のことです(笑)
それにしても、台詞少ないなぁ……(TT)





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