1月15日。
 ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世がこの世に生を受けた日として有名だが、彼女が生まれて以来、王国史の1ページに記されるほどの大事件が毎年のように起こる不思議な日としても広く世に知れ渡っている。


1784年 ガーネット王女誕生
1790年 ガーネット王女重病事件
1792年 ガーネット王女大泣き事件
1794年 ブラネ女王大暴走事件
1799年 謎のナルシスト出現事件
1800年 ガーネット王女誘拐事件&劇場艇砲撃事件
1801年 ガーネット王女行方不明事件
1802年 ガーネット女王舞台乱入事件
1803年 ガーネット女王御乱心事件
1804年 ジタン・トライバル&ガーネット女王暗殺未遂事件


 
そして今年は―――


1805年1月15日



 誕生日の朝、ガーネットは普段よりも早く起床する。
 この日の彼女の行動パターンは毎年ほぼ同じだ。
 寝巻きから着替えると、早くもお祭りムードに包まれている城下町を窓から眺め、朝食後は仕事をしながら城下町の楽しげな喧騒を耳で味わい、午後は首を長くして仲間たちが集うのを待ち、そして彼らが城内に入ってくると、その度に喜色満面の微笑みを浮かべながら出迎えるのである。
 特にジタンが到着した時の喜びようは相当なもので、彼の姿を見るやいきなりその胸に飛び込んでいった。
「ジタン、嬉しい! 来てくれたのね!」
「ダガーの誕生日にオレが来ないわけないだろう?」
 珍しく積極的な恋人の行動に些か面食らいつつも、ジタンはしっかりと彼女の細身を抱きとめると、額にそっと口付けた。
 ガーネットが彼に対して少しばかり大胆な行動を取るようになったのは、ちょうど一年前の事件が起きてからだった。
 あの時は運良く助かったから良かったものの、危うく深く冷たい海の底に二人仲良く沈められてしまうところだったのである。
 一時は死を覚悟しただけに、日の光に照らし出されたお互いの無事な姿を確認し合えた時の喜びは、口ではとても言い表せないものだった。
 長いこと抱き締め合いながら幾度も口付けを交わし続けたことは、もちろん二人だけの秘密である。
 もっとも、今やアレクサンドリア全国民公認の仲なので、たとえ人前でも遠慮する必要は無いのであるが……。


 その頃、城下町では数多くの出店が軒を連ね、女王が近々結婚されるという噂を聞きつけたためか、トレノやダリはもちろんのこと、他国からの観光客でごった返し、例年以上の賑わいを見せていた。
 観光客は貴族であったり、平民であったり、商人であったり、冒険者であったりと様々だが、その中には人込みに紛れて悪事を働こうとする不届きな輩もいた。
 ここ、アレクサンドリア裏通りで何やらコソコソと密談を交わす男たち三人も、それに当てはまるだろう。
 彼らはどこにでも居そうな一般民の格好をしていたが、三人とも目つきが鋭く、明らかに怪しい雰囲気を醸し出していた。
「お前ら、やることは解っているだろうな?」
 リーダーと思われる赤帽子の男が訊ねると、他の二人はコクリと頷いた。
「おう。決行は上演が終わって三時間後、集合場所は例の木の下……だったな」
「よし、それじゃ計画通りに頼むぜ」
 赤帽子の男が軽く右手を振ると、手下の二人は静かに大通りの人込みの中に姿を消した。


 夕方になると、城下町の盛り上がりはますますヒートアップし、さらにそれは日没後の劇団タンタラスの上演で最高潮を迎えた。
 今年のお芝居も大成功のうちに幕を閉じ、最後に今日の主役である女王陛下の勅語をもって無事締め括られ、見物客は満足のうちに帰路に着いた。
 しかし、ガーネットにとっての誕生日パーティーはこれからが本番なのである。
 大食堂に仲間たちが集まり、クイナが腕によりを掛けて作った料理やデザートを食べながら、夜遅くまで騒ぎまくるのだ。
 酔い潰れたスタイナーがジタンに説教を始めるので会場から追い出されたり、料理を作った本人が実は一番多く食べていたり―――などは毎年恒例の微笑ましいイベントだったりする。
 そしてお開きになった後は、ジタンが少々酔い気味のガーネットをエスコートして部屋まで送る(厳密には『運ぶ』の方が正しい)と、そのまま寝る間も惜しんで二人きりで楽しい時を過ごすのである。
 そのため、翌朝のガーネットの起床は普段よりも数時間は遅く、それまでは誰も起こしに来ることはない。
 ―――先程の男たちは、それを知っていた。


「おい、まだか?」
「静かにしろ。もうしばらくの辛抱だ」
「だけどよぉ……」
 男たち三人は昼間確認し合った集合場所で、この寒空の下、女王の間の灯りが消えるのを今か今かと待ち構えていた。
 彼らは、『女王陛下の誘拐』を首領から命じられていたのである。
 標的が市井の人間ならば楽勝なのだが、相手は一国の統治者で、しかも城の中から連れ出すとなれば、実行には慎重に慎重を期さなければならなかった。
 そのため、ガーネットの一日の行動スケジュールを長期に亘って徹底的に調べ上げ、結果、彼女の誕生日が最も確実に誘拐できる機会と判断したのである。
 ガーネットが酔っていて少々の物音では目を覚まさないことも、彼らにとって最も障害となるジタンは必ず別室で休むことも計算に入れてのことだ。
「焦るな。チャンスは必ず訪れる」
 赤帽子の男が冷静に宥めた瞬間、女王の間の灯りがフッと消えるのが見えた。
 男たちの間に緊張が走るが、一呼吸置いて、赤帽子の男が決行を促した。
「……よし、仕事を始めるぜ」
 赤帽子の男は、部屋の窓の一番近くまで伸びている木をスルスルと音も立てずによじ登り始めた。
 手下の二人もすぐ後に続く。
 そして窓まで辿りつくと、腰袋から工具を取り出して器用にガラスを破り、あっさり中へと侵入した。
 部屋は真っ暗だったが、幸いにも月明かりで間取りはすぐに判り、案の定、一人ベッドで横になっている女王のシルエットを確認した。
 後は無我夢中だった。
 赤帽子の男はスリプル草の汁を染み込ませたガーゼをそっと懐から取り出すと、一気にガーネットに襲い掛かったのである。
 寝込みを襲われたガーネットは「うっ」と低い呻き声を一つ上げると、それきりぐったりと気を失ったようだった。
 それを確認すると、手下たちと協力して用意してきた大袋の中に彼女を押し込んで入り口を縛り、肩に担いで素早く元来たルートを逆に辿って脱出した。
 そのまま休まず城下町を走り続け、やっとの思いで門の外へ出ると、彼らは安心したのか声を上げて高らかに笑い始めた。
 恐ろしいくらい完璧に事が運んだので有頂天になったのである。
 犯行時間は僅か5分。
 誰にも見つからず、しかも、あの厳重な城からの誘拐に成功したのだ。
 あとはアジトまで彼女を運ぶことだけだ。
 誘拐犯三人は自分たちの華麗な仕事ぶりに、笑いが止まらなくなっていた。


***


 アレクサンドリアから少し離れた山の中に建てられた木造小屋。
 ここが彼らのアジトである。
 中では赤帽子の男を始め何十人という数の荒くれが、女王誘拐の成功を祝して酒を呷っていた。
 その女王はといえば、意識は取り戻したものの両手を縛られており、恐怖のあまり悲鳴すら上げられないのか、寝巻き姿を見られていることが恥ずかしいのか、長い黒髪の中に顔を隠したまま、一度も顔を上げようとしなかった。
 そんな彼女の様子を見て、首領と思われる初老の男が近づいてきた。
「怖がるこたぁねぇよ、女王様。頂ける物さえ頂きゃ、すぐに逃がしてやるからよ」
「あ、あなたたち、わたくしを攫ってどうしようというのです!?」
 俯いたまま初めて言葉を発したガーネットの口調には女王らしい威厳が備わっていたが、その語尾は微かに震えていた。
 それに気付いた首領は、ニヤリと余裕の笑みを浮かべながら答える。
「決まってんだろ? あんたを人質に身代金をタンマリふんだくるのさ。なぁに、たった5億ギルぐらい、二つ返事で払ってくれるだろうぜ」
 もちろん、世にも稀なる美貌の持ち主である彼女を、身代金を渡されたぐらいで解放する気など彼らには毛頭ないのだが……。
 首領は持っていた酒瓶をグビッと呷ると、何か思い出したように頭を叩いた。
「おっと、そういや俺たちのことをまだ教えてなかったな。俺たちゃ、かの有名な―――」
「山賊団ベルフェゴール」
 不意にガーネットが口を開いた。
「なんだ、知ってやがったのか」
 首領は少し拍子抜けした顔になるが、次第にそれは驚きの表情へと変わっていった。
「あの大戦の混乱の最中に結成された、目的のためには手段を選ばない非道な悪党集団。その人数の多さに王国も手も出せずにいるとの専らの噂。けど、その実態はただのチンピラどもの寄せ集め。首領が少しばかり知恵が回るのと、これまでアジトが見つからなかったから鎮圧できなかっただけのこと」
 先程までとは打って変わって、ガーネットはひどく落ち着いた調子で語っていた。
 気のせいだろうか、彼女の声は幾らか太くなっていた。
「その証拠に、ここの奴らはあんたも含めて間抜け揃いだ。女王とオレの見分けさえ付かなかったんだからな」
「て、てめぇ、女王じゃねぇな!?」
 すっかり酔いが醒めた首領の怒声に、手下どもが一斉に顔をこちらに向ける。
 一呼吸置いて、ガーネットは初めて顔を上げ、閉じていた両の瞼を静かに開いた。
 その中にあったのは、輝くほどの青い瞳。
「御名答♪」
 ガーネットに変装していたジタン・トライバルは、頭に被っていた黒髪を外しながら立ちあがると、明るい調子でニッと笑った。


「畜生、よくも騙しやがったな!」
 山賊たちは一斉に武器を手に取ってジタンを取り囲んだ。
 戦い慣れている彼とはいえ、両手を縛られている上に、この人数が相手では勝ち目はない。
「生きて帰れると思うなよ。構うことはねぇ、やっちまえ!」
 この絶体絶命の状況にも拘らず、ジタンは至って冷静だった。
「やっぱり間抜けばかりだよなぁ。オレがのこのこ連れて来られると思った?」
「何だと?」
 彼らはその時になって初めて、外からガチャガチャと鎧を擦り合わせる音が聞こえてくることに気が付いた。
「頭、アレクサンドリア軍です! すっかり囲まれてますぜ!」
 手下が報告する間でもなく、山小屋は多数の兵士によって包囲されていた。
 そして数瞬後、入口の外から力強い声が聞こえてきた。
「自分はプルート隊隊長アデルバート・スタイナーである。国の治安を乱し女王陛下の御心を痛ませる愚かな山賊どもよ、速やかに人質を引き渡して投降せよ。さもなくば王宮騎士の名において一人残らず成敗してくれる!」
 そう、全てはジタンが仕組んだ作戦だったのである。
 彼はとある情報筋(もちろん某劇団からだ)から女王誘拐計画のことを知らされ、逆にこの機会に山賊団を一網打尽にしようとスタイナーと一計を案じたのだった。
 この日スタイナーを早々に宴会場から追い出したのも、兵士の数を揃えさせるためである。
 ところが、直前になってこの事を聞かされたガーネットは、物凄い剣幕で猛反対した。
 ジタンが身代わりになるくらいなら、いっそ自分が―――と、一歩も譲らなかったのである。
 そこで、わざとガーネットに酒を多く飲ませて眠らせ、ジタンが使用している寝室に彼女を運ぶと、自らは女装してガーネットのベッドに横になったのである。
 もちろん誘拐された時も眠らされてなどおらず、さらに三人組の後をタンタラスが密かに尾行していたのは言うまでもない。
「さぁ、どうする? 言っとくけど、おっさんは本気だぜ?」
 ジタンの言葉にすっかり戦意を失くした首領がガクッと膝を付くと、赤帽子の男を始めとする手下たちも、次々と武器を捨てて降参の意を明らかにしていった。


 長い夜が明ける頃、ジタンは後始末をスタイナーに任せて山道をひた走っていた。
 寝巻きの裾を小枝に引っ掛けようが、履物を水溜りで泥まみれにしようがお構い無しだった。
 目覚めた時に自分の不在を知ったら、ガーネットがどんなに泣き喚くか気が気ではなかったのである。
 いや、それだけならまだいい。
 竜王でも召喚されたらと思うと全身に鳥肌が立った。
 そのため、ジタンは自分が女装したままであることも忘れて無我夢中で走り続けた。
 金髪の大層美しい娘が、朝靄に包まれた早朝のアレクサンドリアを寝巻き姿で城を目指して駆けて行ったという噂が街中に広まったのは、それから間もなくのことである。


 しばらく後、アレクサンドリアの歴史年表に新たな1ページが書き加えられた。
1805年 ジタン・トライバル女装事件&黒焦げ事件』という何とも不名誉な1ページが。


 
Fin






とりあえず、一本目完成です。(こんな内容ですいませんm(_ _;)m)
まともに小説書いたのって、いつ以来だろう?
それより次のUPはいつになるだろう?(笑)
1805年1月15日というと、ジタガネは21歳。
微妙ですが、この時点での二人はまだ結婚してないです(^^;)
というより、ED後のことはあまり考えてな(殴)
あっ、こちらで少しだけ考えてました(^^;)
あと年表の内容については、取って付けただけのようなものなので無視してください(笑)






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